6月16日まで行われた第92回ル・マン24時間レースは、フェラーリAFコルセ 50号車のアントニオ・フォコ/ミゲル・モリーナ/ニクラス・ニールセンが優勝を飾った。トヨタ・ガズーレーシング 7号車もあと一歩のところまで追い詰めたが届かず、約14秒差で惜しくも2位となった。
混戦のスタート
現地時間6月15日 16:00にスタートが切られると、レースはすぐに大混戦の様相を呈す。
ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ 6号車を先頭にスタートしたレースであったが、2周後にはフェラーリの2台が先頭に立つ。その後もピットストップごとにフェラーリとポルシェがリードを奪い合いながらレースは進行する。
戦況に変化が現れたのは2時間経過時点、グランドスタンド付近に小雨が降りだした。ハイパーカーチームはトヨタ・ガズー・レーシング 7,8号車、キャデラック・レーシング 3号車、フェラーリAFコルセ 51号車、プジョー・トタルエナジーズ 93,94号車、ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ 4,6号車などが即座に反応してピットイン。レインタイヤに変えるも、ドライタイヤ優勢のコンディションが続いたため再度ピットインを強いられ、ステイアウトを選択した集団から後れを取る。
その直後にもビスタAFコルセ 54号車やBMW MチームWRT 15号車が単独クラッシュ。レースの魔物が姿を現し始めた。
3時間18分にはトヨタ・ガズー・レーシング 8号車が驚異的なペースでAFコルセ 83号車を追い詰めパス。トヨタが今大会初のレースリードを奪った。
一寸先は闇
事が起きたのは現地時間22時半を過ぎて暗闇と化したユノディエール、BMW MチームWRT 15号車のドリス・ヴァントールとAFコルセ 83号車のロバート・クビサが最高速付近で接触した。サイドスリップで引かれあうように衝突した両車は大きく跳ね、BMWは左のガードレールに正面衝突。ドライバーに別条はなかったものの、車の破損は凄まじくその場でリタイアとなる。
この事故により壊れたガードレールを直すため、1時間半を超えるセーフティーカーが導入された。
明暗分かれる
セーフティーカーランを終えグリーンフラッグ提示。雨が強まったタイミングでの再開だったため戦略が分かれる。
ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ 4,5号車、ウェーレン・キャデラック・レーシング 311号車以外のハイパーカーは全車ピットイン。レインタイヤへチェンジ。その後も路面状況が好転することはなく、ドライタイヤを履き続けている3台はレインタイヤより一周30秒程遅いタイムで周回する羽目に。この影響が後を引き、ステイアウトを選択した3台はレース折り返し時点でも11位以下に留まる。
レース再開後、AFコルセ 83号車にBMW MチームWRT 15号車との接触に関して過失ありと判断され、30秒ペナルティが下される。これによりトヨタ・ガズー・レーシングが実質1,3位となった。
長いSCランへ
レースが開始されてから11時間45分が経過し、まさにレースが中盤に差し掛かるそのタイミングで、セーフティーカーが導入される。これは、雨が視界を遮るほど激しく降り続けていたための措置だが、この雨が止むまでには約4時間半もの時間を要してしまう。赤旗が提示されているわけではないので各車スロー走行を続けながら給油を繰り返すわけだが、それはセーフティカーも例外ではない。残り10時間35分時点でセーフティカーが給油のために入れ替わるという珍事が起きた。
残り8時間でようやく再開
長い夜が明けたサルトサーキットにようやくエキゾーストノートが蘇る。この時点でリードラップには11台のハイパーカーが残っており、レースリーダーを奪い合いながらハイペースで進行していく。
魔のコーナー
残り6時間43分、ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ 4号車がインディアナポリスコーナーで激しくクラッシュ。ハイドロプレーニングのような挙動でタイヤバリアに激突したが、ドライバーのフェリペ・ナッセに別条はなかった。
それから20分後に同じくインディアナポリスコーナーでハート・オブ・レーシングチーム 27号車が横転するほどの大クラッシュ。同じくドライバーに別条はなかったが、マシンの損傷は激しく、ここでレースを終えた。
さらに1時間後には、また同じコーナーで今度はウェーレン・キャデラック・レーシング 311号車のルイス・フェリペ・デラーニが、4号車ほぼ同じ軌道を描きクラッシュ。ガレージにはなんとか帰ってこれたものの、ウィングやマシンを大きく破損し修理に時間が必要なため、リードラップから大きく遅れを取る。
レースは最終局面へ
残り4時間、AFコルセ 83号車の左タイヤから白煙があがる。通常のピットルーティンではどうすることもできず、ガレージに車を入れてしまう。それまで優勝最終力候補の1つとしてレースを進めて来ただけに、チームには落胆の表情が広がった。
事が起きたのは残り2時間を切ったミュルサンヌコーナー。フェラーリAFコルセ 51号車のアレッサンドロ・ピエル・グイディと、トヨタ・ガズー・レーシング 8号車のブレンドン・ハートレーが接触してしまう。51号車は体制を崩さずに走り続けたが、8号車は痛恨のスピン。貴重な20秒を失ってしまう。
50号車、緊急ピットイン
総合トップで快走していたフェラーリAFコルセ 50号車にブラッグアンドオレンジフラッグ(オレンジボール)が提示される。右側のドアが閉まらなくなったのだ。これにより緊急ピットイン。同時に給油も済ませるが、実はここで50号車の運命は決定づけられていた。
この時点で残りの予想周回数は22周。燃料を満タンまで入れた場合、走れる最大周回数は12周とされているため、50号車は緊急ピットストップを含めても2回のピットストップで走りきれる。他車は半分程度まで燃料を使った状態のため、実は合計ピットイン回数はこのペナルティによって変わらなかったのだ。
例
50号車:11周+11周=22周
その他:6周+11周+5周=22周
↑
どちらにしろあと2ストップ必要
しかしコース上は小雨、50号車含め全車がレインタイヤを履いている。この路面コンディションのままレースが進行すれば問題ないのだが、懸念は路面が乾いた場合にある。他車はゴールに対して、燃料タンク半分程度のマージンを持っているので、ピットインのタイミングによっては残り2ストップで乾燥できるのに対し、2スティント共に最大まで燃料を持たせてやっと完走できる50号車はそのチャンスがほぼないに等しいのである。
つまり、雨が止めば50号車は実質的に優勝争いから脱落する状況にあった。
勝負の行方は
残り42分、トヨタ・ガズー・レーシング 7号車が最後のピットイン。迅速に作業を終えコースへ戻る。フェラーリAFコルセ 50号車は緊急ピットイン前の時点で約25秒リードしていたが、その差はどうなっているのか。
32.363秒。7号車の小さなスピンが影響し、さらに差は広がっていた。
しかし上記より50号車は燃料かつかつ、一方7号車はリッチに使える状態。レースは残り40分。急遽代役で7号車をドライブするホセ・マリア・ロペスは50号車のニクラス・ニールセンより1周3~5秒速いペースで周回を続けるが、惜しくも届かなかった。最後には14.221秒差まで追い詰めていた。
歴史的連覇
優勝はフェラーリAFコルセ 50号車のアントニオ・フォコ/ミゲル・モリーナ/ニクラス・ニールセン。
ここで優勝メンバーの経歴を紹介しよう。
アントニオ・フォコ
元フェラーリドライバーズアカデミー所属。F1ドライバーを目指しシングルシーターのピラミッドを駆け上がるも、2017年のF2においてチームメイトのシャルル・ルクレールに行く手を阻まれる。F2のシート喪失後は2年間ほとんどレースする機会を得られず、2年間もリザーブ・開発ドライバーに徹する。2021年からは耐久レースに舞台を移し、2023年のル・マン24時間レースではポールポジションを獲得するも、優勝は僚友51号車の手に渡った。
ミゲル・モリーナ
元DTMドライバー。2017年からAFコルセに所属。GTE Proクラスに3年間フル参戦し、チームメイトは2度のワールドチャンピオンを獲得するが、自身は1勝にとどまる。
ニクラス・ニールセン
2017年にドイツF4でランキング6位を獲得したが、資金難によりシートを喪失。翌年はフェラーリ・チャレンジヨーロッパにフル参戦する。そこでの走りがルニッジ・レーシングの目に留まりヨーロピアン・ル・マン・シリーズにフル参戦。チャンピオンを獲得する。その後はWECへ参戦し、GTE Amクラスでチャンピオンを獲得するものの、ステップアップしたLMP2・ハイパーカー共に苦戦。一度も勝利を挙げられずにいた。
それぞれが苦労してここまでやってきた50号車のメンバー。その証拠に、彼らは全員この勝利がル・マン初総合優勝であると共に、WEC最高峰クラス初優勝でもあった。少なくとも私はフェラーリ・チャレンジから世界の頂点まで上り詰めたドライバーを他に知らない。
昨年のル・マンでポールポジションを獲得しながらも、優勝トロフィー得られなかった彼らにとって、これ以上に待ち望まれた勝利はなかっただろう。フォコとモリーナはチェッカーを受けるその瞬間、目に涙を浮かべていた。
アントニオ・フォコのコメント
“No words can capture the moment. I am proud to be a part of the Ferrari family. We came close to victory last year, but the sister car crew won. I am happy we are winners today, and with two cars on the podium.“
この瞬間を言葉で表すことはできません。フェラーリファミリーの一員であることを誇りに思います。昨年は勝利に近づきましたが、姉妹車のクルーが勝ちました。今日は私たちが優勝し、2台の車が表彰台に上ったことを嬉しく思います。
https://www.24h-lemans.com より引用
ニクラス・ニールセンのコメント
“I thought everything was lost. I knew the pace was good in the wet at the end, but it was a long last stint and a long last lap. It was impossible to imagine. I worried about avoiding any risks and getting to the finish line as quickly as possible. I just had to manage the lead.”
すべてを失ったと思った。最後のウェットコンディションでのペースは良かったが、最後のスティントが長く、最後のラップも長かった。想像もできなかった。リスクを回避し、できるだけ早くフィニッシュラインに到達することを心配した。とにかくリードを維持することだけに集中した。
https://www.24h-lemans.com より引用
ミゲル・モリーナのコメント
“In a couple of moments, we risked to stay on slicks, but the last call to change to wets came at the right moment. It was unbelievable. We experienced tense moments, but we got through them and I am really proud.”
一瞬、スリックタイヤのままでいるリスクを冒したが、ウェットタイヤに変更するという最後の指示がちょうどいいタイミングで出た。信じられないようなことだ。緊張した瞬間もあったが、乗り越えることができて本当に誇りに思う。
https://www.24h-lemans.com より引用
最終結果は以下の通りだ。
次のル・マン24時間レースは2025年6月14日スタートだ。




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