先日開催されたWRC 第6戦 ラリー・ラトビアを見た全員が度肝を抜いたことだろう。無論、私もその一人だ。
Xのタイムラインや各ラリーメディアの見出しはある一つのトピックで埋め尽くされた。
「マルティン・セスクスが凄い」
ラリー1マシンでWRC本戦に出場している以上、それだけの実力が見込まれていたのは事実なのだが、誰もの予想の遥か彼方を行く活躍を見せたのだ。
本記事ではそんな期待の超新星、マルティン・セスクスについて紹介する。

ラトビア生まれのスーパースター
ラトビアはバルト三国の中心に位置し、エストニアとリトアニアに挟まれている。日常生活であまり聞くことのない国名だが、隣国エストニアからWRCワールドチャンピオンのオット・タナクや、WRC5勝をあげたマルコ・マーティンらが輩出されていることからもわかるように、競技そのものが深く根付いたラリー大国の一つである。ラトビア出身の著名ラリードライバーとしては、2016年にERCで3度の優勝経験を持つラルフ・シルマシスがあげられるだろう。
そんなラトビアのセスクス一家は少なくとも3代続くラリー一族である。日本では勝田一家に例えられることも多い。
祖父のマルティン・セスクス(孫と同じ名前)は、国内で最も古いラリーイベントであるラリー・クルゼメ(Rally Kurzeme)の創設者。ビッグイベントに成長したラリー・クルゼメはラトビアラリー選手権やソ連選手権にノミネートされ、中断期間を挟みながら2016年まで開催された。最終年には当時15歳のカッレ・ロバンペラがシュコダ・ファビア S2000を駆り、総合2位を獲得している。
父のウルディス・セスクスもラリードライバーとして活躍。1989年にはソ連選手権で総合ランキング3位を獲得した。さらに後年には政治家としても活躍。1997年から2018年までリエパーヤ市長を努めた。リエパーヤは前述のラリー・クルゼメ始まりの地で、今回ラリー・ラトビアが行われたまさにその場所である。

そんな家庭環境で育ったマルティンがラリーに興味を示すのは必然だろう。
彼は2013年、わずか15歳でキャリアをスタートさせた。これは他の世界的なドライバーたちと比較しても、非常に早いスタートだと言える。その背景には、国内選手権の規定が大きく関係している。 国内最高峰のラトビア・ラリー選手権では、参加するため一般的なに運転免許の所持が必須ではないのだ。フィンランド出身のカッレ・ロバンペラがラトビアでキャリアをスタートさせたのもそのためだ。
2016年にERC3、2020年にJWRC、2022年にERCと順調にステップアップを重ねると、2023年にその才能を開花。ERCへの参戦2年目にして2勝と17ステージウィンを記録し、総合ランキング2位を獲得した。
ポーランドでの劇的デビューとラトビアでの覚醒
WRCプロモーターとMスポーツが協力して若手をサポートするプロジェクト(FIA Rally Starではない)に選ばれているセスクスは、ラリー・ポーランドにノンハイブリッドのフォード・プーマ・ラリー1で参戦。次戦ラリー・ラトビアでハイブリッドを積んだフルスペックのラリー1マシンで参戦することとなった。
ハイブリッドシステムは最大で100Kw(約134馬力)のパワーと、180Nmのトルクを発生させる。ハイブリッドシステムを積んだラリー1マシンの最高出力が500馬力程度とされているため、ノンハイブリッドマシンがハイブリッドマシンに挑むのは不可能だと考えられている。

しかしラリー・ポーランドのSS2 Stańczyki 1、ラリー最長の29.40kmを誇るロングステージでいきなり総合2番手を獲得。ステージウィナーのミケルセンと0.3秒差、3番手のロバンペラとは7.3秒差である。
これには全ての関係者が困惑した。ルーキーかつノンハイブリッドということで、他のマシンと戦えるパフォーマンスがあるとは誰一人思っていなかった。無論筆者もその一人である。
これは直後のインタビューにも現れている。
WHAT? OK. That’s it. Why so fast? There’s a video in the UK – “WHY YOU COMING FAST?” – I have to think now!”
えっ? そうなの? なんでそんなに速いの? イギリスに『WHY YOU COMING FAST?』っていう動画があるんだけど、今考えなきゃ!
マルティン・セスクス SS2後のコメント
Were you taking it easy? “Yeah”である。このキャラに惹かれる人も多いだろう。
セスクスはその後のSS3,4もそれぞれステージ3位と4位を獲得。初日午前中を総合2番手で終えた。
出走順の有利が薄れる午後は順位を落とし5位で初日を終えたものの、この順位は驚異的である。ほぼ同じ位置でスタートしているチームメイトのミュンスターを、ノンハイブリッドのマシンで終日上回り続けたのだから。
DAY2も大きなミスを犯すことなく5位をキープ。DAY3にはヌービルに追い上げを許し、一時6位に後退するものの、SS18でミケルセンのパンクにより5位へ再浮上。そのままラリーを終えた。
そしてハイブリッドシステムを搭載して迎えたラリー・ラトビア。ここでセスクスは覚醒する。
SS1,2共にチームメイトを上回る4番手を獲得すると、SS3でステージウィン。SS4でもカッレ・ロバンペラを0.1秒上回りステージウィンを記録した。
ちなみにこれでもいくつかミスを犯したらしい。
“It was messy actually. I made a few big mistakes. [The others]are fast! We are just having a good rhythm I suppose. To drive in the same times as world champions… I have nothing to say”
実際、ちょっと乱雑でした。私はいくつか大きなミスをした。[他の人たちは]速いです!私たちはちょうど良いリズムを保っているのでしょう。世界チャンピオンと同じタイムで走るなんて……。何も言うことはありません。
マルティン・セスクス SS4後のコメント
午後ステージは再走ということもありステージウィンには届かなかったものの、4つのステージを5,2,2,4位でクリア。DAY1をロバンペラと15.7秒差の2番手で終えた。これは驚異的な順位であり、誰も予想出来なかった。チームメイトどころか、名だたるワールドチャンピオン達をも抑えきってしまった。
DAY2も大きなミスを犯すことなく展開。オジェの先行は許したものの、表彰台圏内の総合3位をキープした。
最終日DAY3、4位タナクとのマージンを上手く崩しながら3位をキープ。4.6秒差でパワーステージを迎える。
しかしよりによってここでトランスミッションにトラブルが発生。セスクスのマシンは無念のスローダウン。トップから1分45秒落ちの最下位でステージを終え、ラリー・ラトビアを7位で終えた。
初のラリー1ハイブリッドで表彰台獲得という快挙が目前に見えていながら、それが叶うことはなかった。
それでも完走を目指し走るセスクスに、母国のファンはこれ以上にないほどの声援を贈り、彼の功績を称えた。
彼の特徴は、高速グラベルでの圧倒的な速さと安定性だ。ERCであげた3勝は全て高速グラベルでのものである。高速グラベルとは、平均スピードが高く、ジェットコースターのような高速カーブやクレスト(起伏)が連続するコースを指す。その特性が故に些細なミスが命取りになりやすく、最も有名な高速グラベルイベントであるラリー・フィンランドはWRC屈指の難イベントとして知られている。
一方で、突出した才能を持つ若手が初優勝をあげることも少なくない。コリン・マクレーやトミ・マキネン、エルフィン・エバンス、カッレ・ロバンペラなどが挙げられる。
さらに特筆すべきは、その安定性にある。初トップカテゴリーでステージウィンを記録したドライバーは過去にもいるが、事例を振り返ればセスクスがいかに突出しているかわかるだろう。
ケース1:セバスチャン・オジェ 2008 ウェールズ・ラリーGB
言わずと知れた8度のWRCワールドチャンピオン。トップカテゴリーデビューは2008年のウェールズ・ラリーGB。オジェは最初のステージでトップタイムを記録すると、なんとそのまま3ステージ連続でステージウィン。初日の午前ループをラリーリーダーで迎えるという離れ業を見せた。
しかしLEG2、最初のステージで溝にタイヤを落としたことをきっかけに大クラッシュ。後にラリーの神様となる男は、総合26位でラリーを終えた。
ケース2:テーム・スニネン 2017 ラリー・ポーランド&フィンランド
2016年にWRC2クラスでエサペッカ・ラッピやエルフィン・エバンスとの激しいチャンピオン争いを繰り広げたスニネン。エバンスとラッピがそれぞれフル参戦と8戦のトップカテゴリー契約を得たのに対し、スニネンに与えられたチャンスはポーランドとフィンランドの2戦のみ。
迎えた2017年。それまでのWRC2の3戦全てで表彰台を獲得し、好調で迎えたラリー・ポーランド。スニネンは2日目のSS7でいきなりステージウィンを記録した。トップカテゴリー初日にステージウィンを記録したドライバーは過去30年間でオジェとスニネンだけだ。
しかしその他のステージでは3位を一度取るに留まり、WRカー初戦のラリー・ポーランドを総合6位で終えた。
そしてラリー・フィンランド、スニネンはSS2でステージウィンを記録した。ポーランドでのスピードがまぐれや環境によるものではなかったことを示している。
この年のフィンランドは史上稀にみる大荒れのラリーとなった。オジェやタナク、ヌービル、ラトバラらトップドライバーがクラッシュやマシントラブル等で続々とリタイア。
土曜日の終わりの時点で、トップ3が一度も表彰台に上がったことがなく、トップ5が未勝利という異様な展開である。
スニネンはシケインカット等のミスはありつつも表彰台が狙える位置をキープ。SS8とSS20でもステージウィンを記録した。しかしパワーステージの一つ前、総合2位で挑んだSS24 Lempää2、スタートから73秒後に左後輪を少し溝に落とすと、石に引っかかり車体が大きく跳ね上がる。そのままスピンを喫し、ステージを21位で終えた。これによりラリーの順位も総合4位に後退。最終ステージにほど近いところでミスにより表彰台を逃す結果となった。
これを見ると、セスクスがパワーステージのマシントラブルで後退するまで3位をキープしていたことが、如何に超人的であるかがわかるだろう。ラリー1は全員完走、デイリタイアも最終日のラッピのみであるにも関わらずだ。
ここからは筆者の主観・憶測を多く含みます。
WRCはメーカー数が少ないが故に、トップカテゴリーのシートは非常に限られている。今年に至ってはフル参戦が6席とパートタイムが5席しかない。当然セスクスの他にも昇格を狙っているドライバーも少なくない今、ここでは彼とシート争いで競合するであろうドライバーを紹介する。
グレゴワール・ミュンスター
セスクスの躍進に最も危機感を覚えているのはグレゴワール・ミュンスターだろう。
2022年のラリー・ジャパン WRC2クラスウィナーはフォード・Mスポーツから最高峰クラスにフル参戦しているものの、最高位は5位に留まっている。ラリー・ラトビアを経て、2戦しか出ていないセスクスに獲得ポイントで並ばれてしまった。開幕3戦連続デイリタイアから成長しているのは確かだが、マルコム・ウィルソンが期待している成績を残せていないのは確かだろう。来季以降、セスクスがトップカテゴリーへステップアップするとしたら、一番可能性が高いのはこのシートだ。
オリバー・ソルベルグ
この人もセスクスとシートを争うことになる一人だろう。2021年から22年にかけて、ヒョンデからトップカテゴリーに参戦していたが、たった2年で解雇され育成チームからも追放されてしまった。もちろん一度トップカテゴリーのシートを失ったドライバーが再度帰って来ることは稀だが、彼は当時20歳。現在もまだ22歳である。今年のWRC2で4戦2勝という素晴らしい成績を叩き出している彼が、セスクスと並べて比較されるのはもはや必然だ。
勝田貴元
この人もシートが安泰かと言われればそうではない。あとは勝利だけが必要だと言われはじめてそろそろ2.3年経つが未だ未勝利。来季ロバンペラのフル参戦復帰が決定していて、オジェやエバンスの離脱も考えづらいとなると、ラウンドによっては4台以上になることがほぼ確定している。そこに育成枠まで入れると5台になってしまうが、そんな体制で参戦できるのか疑問が残る。もしトヨタが若手の獲得に本腰を入れると、勝田のシートも安泰ではないだろう。

将来の選択は慎重に。
来季セスクスがラリー1にフル参戦する可能性も十分にあるが、私はそれは懸命ではないと思う。過去数年、同じようなことが繰り返され、いずれも失敗に終わっているからだ。
オリバー・ソルベルグはその最たる例だ。2021年の初め、それまでにERCで2勝、ラトビア選手権ではチャンピオンを獲得していたオリバー。当時WRC2の参戦経験もほぼ無いにも関わらず、ヒョンデ・2C・コンペティション(ヒョンデの育成チーム)でWRカー参戦を果たすことになった。5戦に出場し、5位一回7位二回とまずまずの成績を残すと、翌年はヒョンデのトップチームに昇格。しかしダニエル・ソルドと3台目を共有した結果、オリバーはワークスノミネートのプレッシャーに晒され続けることになる。焦りのコメントが増え始め、成績は伸び悩んだ。ラリー・フィンランドではSS1のスタートから300mでクラッシュしリタイア。シーズンを象徴するような場面になってしまった。シーズン終盤には少し調子を取り戻し、イプルーで4位とニュージーランドで5位を獲得するも、既にチームからの信頼はなくニュージーランド終了後に解雇されてしまった。
しかしながら、それからのオリバーの活躍は目を見張るものが有る。2023年のWRC2は7戦に出場し2勝と2位を一回、3位を一回獲得する活躍を見せた。他3戦でのリタイアが響きランキングは伸び悩んだが、今シーズンは4戦2勝し、チャンピオン争いに名乗りを上げている。今トップカテゴリーに昇格すれば、当時よりよっぽどいい成績を残せると考える人も多いだろう。それはつまり、昇格のタイミングが適切ではなかったということではないだろうか。
2024年シーズンからMスポーツ・フォード・WRTのエースを努めているエイドリアン・フルモーもその例に当てはまるだろう。
それまでフランスグラベル選手権などに参戦していたフルモーだったが、2019年にプライベーターとしてWRC2に5戦出場。2度の表彰台を獲得すると、それが評価され、2020年にMスポーツからWRC2にフル参戦を果たした。そこでは優勝こそなかったものの、三回表彰台に登り、ランキング3位を獲得する。フォード陣営でトップの成績だったこともあり、翌年トップカテゴリーのシートを手に入れた。テーム・スニネンとのシートシェアだった2021年は8戦に出場し、5位二回6位一回7位二回というまずまずの成績を獲得。シーズン最高位でもスニネンを上回り、翌年のラリー1フル参戦を手に入れた。
しかしこの年、大スランプに陥る。チームメイトがダブル表彰台やステージウィンを記録したのに対し、自信はSS3で大クラッシュ。谷底へ真っ逆さまに落ち、悔しくも新型ラリー1マシンの安全性を証明する形となった。そしてそこから3連続リタイア。 4戦目のラリー・ポルトガルで9位完走するものの、そこからも復調のきっかけを掴めなかった。シーズン終盤のアクロポリスは、前戦イプルーからマシンを修復できなかったとし欠場。度重なるクラッシュによる財政圧迫を理由とし、極東で行われるラリー・ニュージーランドやラリー・ジャパンも欠場した。結果的にフル参戦でありながら獲得ポイントはパートタイム参戦の昨年の1/3以下に留まり、翌年のシートを喪失した。しかしここでMスポーツはフルモーを見捨てずに、WRC2やオーストリア選手権、イギリス選手権などのシートを用意。自信を取り戻したフルモーは、今年ラリー1に復帰すると、これまでに3位表彰台を3回獲得するという素晴らしいパフォーマンスを発揮している。
最後に。
ラリーというスポーツは、些細なミスが全てを終わらせることも少なくない。小さな心理的負担がキャリアを壊しかねないのだ。
もちろんワークスノミネートが悪いと主張する気もない。ロバンペラやグロンホルムのように、期待以上の大成功を生むケースもある。
セスクスの才能は既に誰もが認めるところだろう。私も彼はワールドチャンピオンになれると思っている。
しかし彼はまだWRC2の参戦経験もなければ、ERCの高速グラベル以外のラウンドで勝利したこともない。
どんなドライバーであれ、WRCの下位カテゴリーに参戦し、世界各国の路面を知りながら経験を積む時間が必要なはずだ。
ラリー1でのスポット参戦は当然素晴らしい機会だし積極的に与えるべきだが、来年はWRC2に参戦しながら、昇格のタイミングを慎重に伺うべきだと私は思う。




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